いのちの電話のはじまり
電話をメディアとする相談活動は、1950年代にイギリス国教会の牧師チャド・バラーによって組織的に始められました。一人の少女の自殺をきっかけに、自殺予防を生涯の使命とした彼は、ボランティアを養成・選抜し、「サマリタンズ(Samaritans)」という組織を創設。匿名で悩みを受け止める電話相談の仕組みを築き、広く社会に広めていきました。
その流れを受け、日本で「いのちの電話」の設立を最初に提案したのは、ドイツ人宣教師ルツ・ヘットカンプでした。彼女は更生施設で傷ついた女性たちと向き合う中で、面と向かって話せなくても、電話こそが身近な相談の手段だと実感します。
1969年の秋頃、欧米で行われていた電話相談を日本でも始めようと考え、知人・友人たちに訴え始めた彼女の熱意に、多くの人々が心を動かされました。
そして1970年、オーストラリアの電話相談機関「ライフライン」の創設者アラン・ウォーカーが来日し、東京・四谷での講演会が開かれたことを契機に、「いのちの電話」の開設準備が本格的に進んでいきます。

1971年1月、東京に「いのちの電話」の事務局が設置されました。ボランティア相談員の応募は当初少なく不安もありましたが、読売新聞の報道により350名を超える応募が集まり、6か月間の訓練を経て約200名が修了。同年10月1日午前0時、「東京いのちの電話」が正式に開局しました。
東京での相談開始からわずか数年で、「いのちの電話」は全国に広がり始めました。1973年には東京英語いのちの電話、同年には関西いのちの電話、1976年には沖縄いのちの電話が設立。こうした動きの中で、各地の団体が連携し支え合うための仕組みが求められるようになりました。
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、「いのちの電話」にとっても忘れがたい出来事となりました。神戸いのちの電話では多数の相談員が被災しましたが、支援体制を整え、発災から1か月も経たない2月13日には電話相談を再開しました。このとき、郵政省とNTTの協力により、関西地区にフリーダイヤル相談が設置されました。この経験は後の「自殺予防いのちの電話」へとつながる重要な布石となりました。
2011年3月に発生した東日本大震災の際には、発災から間もない3月29日より「震災ダイヤル」を実施し、被災者の不安に寄り添いました。その後も「ふくしま寄り添いフリーダイヤル」や「熊本地震被災者支援プロジェクト」など、災害時の心の支援に取り組んできました。2024年には能登半島地震の被災者向けに、予約制ダイヤルを開始。災害時における柔軟な対応の必要性が高まっています。